1140年にノルマン人に征服され、12世紀以降ナポリの町は・ホーエンシュタウフェン家、アンジュー家、アラゴン家・ハプスブルク家、ブルボン家など他国の7つの王家に統治されました。
19世紀初めにナポレオン時代が終わると、ブルボン家が復位しましたが、1861年、統一されたイタリア王国に編入されました。
歴史の波に翻葬され続けた町だが支配者が代わるたびに城や宮殿が築かれたので、今ではそれらが重要な観光資源となっています。
旧市街を南北に二分するサン・ビァジョ・デイ・リプライ通りがある一帯は、ギリシア植民都市の昔から庶民の住む街区で、今も狭い通りを歩くと、頭上を洗濯物が万国旗のようにはためき、下町情緒が感じられます。
通り沿いにはゴシック様式のサンタ・キアラ聖堂(20世紀に再建)があります。
ヴォメロの丘からナポリ湾を見下ゑ』め播くにヴェスヴィ山を眺めるとき、ナポリはまさに風光明媚な観光都市であだが歴史をさかのぼれば、気候温暖で良港に恵まれたこ町は、常に外国勢力の侵略の的となってきました。
ナポリの起ま紀元前5世紀前半につくられたギリシアの植民都市です。
最初に建設されたパルテノペの町から少し離れた場所に新しく建設されたということでネアポリス(「新しい都市」の意)とよばれ、これが地名の由来となりました。
海上貿易で栄えましたが、紀元前4世紀にはローマ帝国に支配され・西ローマ帝国滅亡後はビザンティン帝国の支配を受けました。
「明治文学と文学者」の展示室②は暖炉も残っていて、「前田家の食堂」だったところです。次の小さな展示室③は配膳室だったところで「古典文学と鎌倉」コーナーです。四番目の大きな部屋は「大正、昭和文学と文学者」の展示コーナーです。前田家の第三客室だったところでした。
一階の特別展示室の前には、本を閲覧できる部屋が二つあります。閉架式で、鎌倉ゆかりの作家の本が約一万冊、その他の文学作品が約二万冊ある。椅子もテーブル(九人分)もなかなかいいので、ゆっくり本を読むことができます。疲れたら芝生の広場に出て、海を眺めると更にリラックスできます。
鎌倉文学館は、鎌倉にゆかりのある文人の遺品、直筆原稿、作品などを収集して、一般に公開しています。
常設展示室①に入ると、壁に「ここは前田家の居間兼客室でした」と書いてあります。この洋館は、加賀百万石で知られた前田家の別邸だったのです(昭和五十八年に建物が鎌倉市に寄贈された)。
展示室①は鎌倉の文士コーナーで、ガラスケースの中に鎌倉ゆかりの文士の直筆原稿、遺品が並ぶ。面白いのは尾崎喜八が愛用していた、手のひらにすっぽり収まるくらいの小塾な双眼鏡です。
空色の屋根瓦が印象的な美しい外観の鎌倉文学館。いく時には、ぜひ鎌倉駅で緑色の可愛い「江ノ電」に乗っていただきたいです。そして、由比ケ浜で下車。このあたりは高級住宅地なので、人気の地域。とてもいい所でなんです。
「鎌倉文学館」と矢印のある案内板に従って由比ケ浜駅から一〇分くらい歩くと坂にり、昇っていくとうっそうと繁った林の中の道になります。太陽の光がさえぎられてうす暗くなってくるため、深い森に入り込んだような錯覚になり不思議な気分になります。
坂はゆるやかになりますが、樹々は濃くなり、さらに暗くなります。崖の岩から湧水が流れていて、少し歩くと林は途ぎれ、目の前に美しい空色の屋根瓦の洋館があらわれま。これが鎌倉文学館です。